2008年5月10日 (土)

大丹倉 Freedom in exile

5月27日  池野・菅

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 連休の摩天崖に向けてのトレーニングで久々に大丹倉へ。ダライラマさんの訪日の記念に・・という訳ではないが、ルートはFreedom in exile

26日の昼からゆっくりと出発。今回は、以前からI院さんのお宅をお尋ねしたいとのご希望のKクライマースクラブのI御大もご一緒。また、それとは別に熊野からはやはりI院さんを紹介して欲しいと以前から仰っておられた、熊野の語り部ことMさんにもご同乗戴いて夕方遅くに赤倉に着いた。

この夜はMさんのお土産の伊勢海老・アワビ・サザエ等の海の幸に加え、I院さんがご用意下さった山菜・無農薬野菜・鹿刺しの山の幸で豪華宴会。日が変わっても酒宴は続いたようだが、相方と私は翌日の登攀もあるので12時頃退散させて頂いた。

翌27日は無風晴天で絶好の登攀日和。I院さんのご主人に取付きの下までお送りいただき、15分位のアプローチで取付きへ。久し振りに目前に見る大丹倉はやはり悪相。前に一度登ったルートなのに思ったより時間が掛かったが、2時頃に無事頂上の神社に抜ける。神社にお参りをして、廻送して頂いていた車(ご主人、本当に有難う御座いました)でI院さん宅に戻ると、Mさんが一旦お家に帰られてまた持って来て頂いたという岩牡蠣・サザエ・ガンガラで宴会中。無論我々も仲間に入れて頂き、ご相伴に預かった。

居心地がいいのとご馳走ですっかり長居をしてしまったが、帰りもあるので4時過ぎにようやく重い腰を上げ、帰阪することにする。

Mさん、I院さん御夫妻には大変お世話になりました。有難う御座いました。

                                 菅

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2008年4月21日 (月)

大山南壁 三ノ沢

2008年4月5日  池野・菅

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 時期が微妙だが、今年は雪が多いので再度大山へ。もうリッジルートは雪が落ちていると思われたので、南壁周辺のリッジの偵察も兼ねて三ノ沢に入る事にする。

 幸いな事に1週間ほど前に周遊道が開通しており、三ノ沢の取り付きまで車で入る事が出来た。それでもルンゼルートなので我々にしては珍しく早出する。大堰堤までは踏み跡もついており、またスキーヤーも登って来るようで、思ったより人臭く感じる。

 大堰堤から踏み跡(ラッセル)は、槍尾根に上がる緩傾斜に向かって伸びてる。 

 少しそこを辿り、途中から踏み跡をはずれて三ノ沢中央の要部分に向かって左上する。要の所は上部からのデブリで盛り上がり気持ちが悪い。ここを通過すると扇状にルンゼが広がる。どちらも大差なさそうだが、左の方は主稜線にまだ大きな雪庇が乗っかっているので正面のルンゼにルートを取る。あとはひたすら直上。ここ一週間は新雪も無く、雪も安定しているので大丈夫なはずだが、やはりもろにラビーネンツークの真っ只中を登るのは不安。傾斜もそれ程ではないのでザイルも出さず、休みもせずに登り続けると、丁度天狗ヶ峰の直ぐ横に出た。8時なので2時間ほどで登ってきたことになる。車を置いた所からここまでほぼ一直線のラインで気持ちが良い。

 時間もあるので、剣ヶ峰をピストンし槍尾根を下降する。槍のピークをその手前から巻く積もりで少し右のルンゼを下降するが、面倒なのと雪の状態が良いのもあって、そのまま雪面を谷に向かって下降することにする。出だしは少し急でタガーポジションだったが、あとは緩くなり、結構飛んでくる落石に気を付ける位で直ぐに大堰堤に辿り着く。

 そのまま下降し、10時頃車に戻る。珍しく早い時間に終了したので、境港まで車を飛ばし、やはり我々にしては珍しく松屋で「日本海定食」の散財をする。あと、水木しげるロードを散策し、湯原の無料露天風呂で汗を流して帰阪。充実の一日だった。

追記

肝心の三ノ沢のセンターリッジだが、やはり立派。だが岩というより土に近いので、登るには1~2月の雪の多い厳冬期に、雪が締まった頃合を見てアタックを掛けねばならないと思う。1ビバーク覚悟か、森林限界にベースを上げるかして。何れにしても厳しそう。

あと今回ヘルメットを忘れてしまった。大昔、やはり北壁の大屏風・港で登攀中にメットを落とした(脱げた!)事があるが、落石の多い大山では本当に怖いので気を付けましょう・・って、こんなドジは私だけか。

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2008年4月 4日 (金)

またまた楯ヶ崎

楯ヶ崎 海金剛

200831516

Hさん・Kさん・高橋・池野

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昨年12月にも訪れた楯ヶ崎の海金剛。2月には今回と同じメンバーで城ヶ崎のクラックを満喫し、なんだか海辺のクラック続きだが、天気も上々、一足早い春を楽しめそうである。

土曜のメニューは海金剛のHさん達のライン、3Pのマルチに決定。前日かなり雨が降ったのか壁は黒々と濡れ、波は荒く取り付きは潮をかぶっている。Hさん達の二つのラインのうち、右側からスタートするラインの1ピッチ目はすっきりした凹角のクラックだが、取り付きへトラバースしているうちに海にポチャ…てな想像が膨れ上がってしまう。Hさん・Kさん、高橋・池野のパーティー編成と決まり、Hさんは私達に右のラインを登って欲しそうだが、ナンダカンダ言って辞退する。

しばらくして壁も乾いてきて、私達が先行、Hさん・Kさんが後行で、左のラインからスタートする。高橋が1ピッチ目を登る。途中のブッシュを慎重にこなして階段状を越えてまたブッシュ帯へ。2ピッチ目は池野。一段登った所から木登りして右のシンハンドのクラックに移る。途中脆い部分をやり過ごし、将棋の駒と思しき箇所まで来るが、そこからが…

遠目にもはっきり分かるこの岩の付け根を右にトラバースして2ピッチ目は終了となる。だから私はトラバースしなければならない。だがそこはツルツルではないか!話に聞いていた4級(?)とは思えない。途端にアタマが狂い出す。ひょっとして将棋の駒はこの岩の上だろうか?もう少し登ってみようか。とにかくこのトラバースは易しくない…。そう考え出すと、道迷い特有の近視眼なのか辺りを慎重に確かめてみようともせず、一段上の左のブッシュテラスへ突っ込んでいく。この一歩が案外悪い。大きな木を登ってチムニーに入る。どんどん登っていくうちに、頭上に終了点が見えてきて…??そこは12月に菅と登ったチムニーだった。あの時は好き勝手に登ってブッシュバンドを大トラバースして、ここへ至っている。今日登るはずだったルートは将棋の駒の裏側の岩に走るクラックを登り、最終的にここと合流するのだが、道迷いは道迷い。まぁ弱点を突くのが基本だからとかなんとかイイワケを口にしながら高橋を迎える。

クライミングはへこみそうだったが、夜の宴会は、前回お世話になったSさんがわざわざ南紀の沢から手土産持参で駆けつけてくださって、海と沢の幸で大いに盛り上がった。

翌日曜も晴れ。今日の目的は将棋の駒の右手に延びる美しいストレートクラックを登る事。相変わらず濡れている右の凹角からのスタートは断念する代わり、左のルートのライン取りを少し変えることにする。昨日の高橋のラインよりやや右にある、卍の形に見える柱状節理の階段状を登る。近づいてみると、確かにシンクラックが走っているのだが、そこに至るまでにプロテクションが取れず、とても私の手に負えそうに無い。そこで昨日と同じく高橋ラインを辿ってブッシュテラスへ。2ピッチ目出だしのシンハンドは、名張で快進撃を続ける高橋がさすがに綺麗にリードする。私もムーブを真似してフリーでなんとかフォローするが、いきなりパワー全開。昨日間違えてしまった将棋の駒のトラバースは、岩が浮いていて微妙な難しさだった。3ピッチ目のストレートクラックは赤~緑キャメのハンドサイズで、一度手を突っ込んだら抜けない、女性にはラッキーなサイズ。フェースにフットホールドを求めることも出来るので、こんな楽させてもらえるクラックも珍しいが、対照的に男性は苦しいようだ。ルートを終了した後は稜線まで登り、海金剛の向かいのムツミヤ山南壁を見学する。ここは取り付きまで至るのがまず核心だそうだが、スケールは海金剛をしのぎ、おっかなそうな柱状摂理の中に、我々向きのブッシュバンドもジグザグと頂上を目指して続いている。またいつか訪れたいという想いを胸に、さんま寿しを腹に、熊野を後にした。

ともあれHさん、Kさん、高橋くん、今回もありがとうございました!

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大山北壁・滝沢リッジ(滝沢左稜)

2008年3月8日  池野・菅

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長い間山に行けなかったが、やっと一日休みが取れたので池野の希望に従い大山へ。ルートは北壁の滝沢リッジ。

近年、今頃の季節の大山は、雪も薄くなってきていて心配するのだが、今年は驚くほど雪の量が多い。それでも天気も良く入山者も多いようで、ラッセルはバッチリついていてとても楽・・・と思っていたら、その舗装道のようなラッセル跡も別山の中央稜と弥山尾根の取付まで。見上げると、もうこの2ルートには何パーティも取り付いているが、他のルートは皆無でラッセルもそこまで。

大変そうだが、思い切って予定通り滝沢リッジの取付へとラッセルを始める。やはり雪が多く所々腰まである。滝沢の押し出し辺りは雪の状態がとてもやばそうなので、必死で雪を漕ぐ。取付に着いた時にはもう息も絶え絶えだった。もろに体力低下を実感。

リッジの末端右側を少し登ってザイルを出す。リッジ右側の雪壁を3Pで頭を垂壁に押さえられ、そこから左に回りこみリッジに出る。ここからはほぼリッジ通しで主稜線まで。雪が多い為、核心も雪の下のようで殆ど雪壁のぼり。それでもきれいな雪の造形に飽きさせない。コンテかノーザイルでも行けそうだが、万一雪が流れるのを考え一応スタカットで登る。10Pを越え、流石に傾斜も緩くなったのでコンテに切り替えたら、もうそこが主稜線だった。

稜線に上がった途端、纏わり付いていたガスが晴れ、絶景が広がる。本当に雪が多くて見事な景観で、今まで見たことがなかった雪を纏った南壁の各リッジも迫力を持って見て取れる。天気も良くて暖かいので、珍しく頂上で長居をしてしまった。今年のシーズンも私の家庭の事情からこれが最初で最後。また足慣らしだけで終わってしまい、課題の幻のカンテと南壁には触らずじまい。「来年は取り付けるんかなあ」などと考えながら、のんびりと夏道を下る。

蒜山Pでお決まりの『たまご掛けご飯定食』(190円に値上げしてた)を食べ、帰途に着いた。

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2008年3月20日 (木)

再訪!西上州

西上州 吾妻渓谷・不動滝/荒船山・相沢奥壁の氷瀑

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山岳同人カルパッチョのお二人/Kさん/池野

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正月明けから相方の休眠状態が続いている。今までに無い経験だ。

あって当然と思っていたものがある日突然失われる。

この馴染まない感覚はなんだろう…

それでもそんな事にはお構いなしに週末はやってくる。自分まで休んだら何かがダメになってしまいそうで怖い。だから戸惑いながらも山へ行く幾週かが過ぎていった。

そんな中、もうひとつ今までに無かったことが起こった。

アイスクライミング。

それは、知り合いの山ヤさんからのアイスツアーのお招きだった。

是非行きたい!

我々と同じく男女ペアで登るこのお二人は、時に、合わせ鏡のように思える事さえある。こんな時だからこそ尚更お会いしたい。

そして理由はもう一つある。昨秋、その時点では未踏だった西上州の一本岩を我々は訪れている。その脆さに恐れ入って触れもせず、転進先の毛無岩も立岩も林道崩れや雨でことごとく敗退している。季節は違うが、幻に終った西上州にまた行けるのだ。

けれど…

もう10年は昔のこと、相方は当時の私を熱心に冬のルートに誘ってくれたが、私は聞く耳を持たなかった。冬山は怖そうだし、寒いのは苦手だし、体力も技術も無いし、とても耐えられるとは思えない。いやそれより、その頃突然上達したフリーが楽しかったのかもしれない。

それで相方もついに匙を投げ、正月休みが来ると二人して暖かい岩場を求めて南の島なんかへ行くようになったから、アイスクライミングは一番疎遠なジャンルとなった。

だから肝心のアイス経験と言えば、昔ながらのアックスで小さな滑滝を数回フォローした程度。バーチカルアイスで離陸できないという事態になったらさすがに情けない。そこで助け舟を出してくれたのは同行するKさん。事前に2回、大峰・地獄谷のアイス山行に誘ってくださった。彼女のアックスは魔法の杖だ。10年の時を飛び越えて、私をスルスルと終了点まで導いてくれた。

いよいよ当日の朝となった。夜行バスが立川駅に着くと、現れたのは、あれ?レガシィだ。パジェロミニにはとうとう4人分の荷物が積み込めなかったそうで、降雪予報の西上州へスタッドレスじゃないレガシィが走り出す。

カルパッチョ号は楽しい。最新鋭のコーヒーメーカーが装備されていて、早速熱いコーヒーが振舞われる。

さて初日の目的地・吾妻渓谷に到着する。駐車場からわずか5分で不動滝が姿を現す。F1の高さは35mほど。先行パーティーが上に抜けるのを待って、まずKさんが初リードに臨む。安定した登りで危なげなく終了。続いて私がフォローする番だ。階段状とお借りしたノミックの威力に助けられて、中間部までは問題ない。もしかしてこれくらいなら私でも?…と思い始めたが、最上部は氷のすぐ下に水が流れているのが見え、ヒヤヒヤしながら登る。余計な色気は出さぬが肝心だ!

Kさんと合流した後、懸垂下降したが、実は私が登っていく時点で雪が舞い始めていた。続いてカルパッチョのUさんがリードするはずだったが、レガシィの危機が迫っていた。残置物を回収にHさんがそそくさと登り急ぎ撤収、車に飛び乗って安全地帯まで走り、天気も回復して一息つく。

まだ時間は早いが、途中、名物・下仁田ネギやらコンニャクやらを仕入れ、荒船山相沢登山口近くでテントを張り、すっかり宴会モードに切り替わる。

今日のメニューは鍋&クレープ。Hさんお手製クレープが美味しいんである。鍋で腹いっぱいのはずが完食した。

7時には就寝となったが、夜中にテントを揺らす激しい風で目を覚ます。また降雪が始まっている。明日はどうなるのだろうか。

朝になると一面白くなっている。雪は降り止まず、お二人で何かやりとりしている様子からすると、おそらく中止だろう。ところがHさんは行きましょうとおっしゃる。Kさんと私の顔に「行きたい」と書いてあったのを読まれてしまったのか…申し訳ありません。

登山口から1時間半ほどで相沢奥壁の氷瀑に到着する。昨日の不動滝よりも大きくずっと美しい。今日もまたKさんリードで登攀開始だ。下部の緩い数メートルを過ぎ、傾斜の強い部分へ入って行く。今日は昨日より氷が固く、スクリューのセットも場所を変えながら苦労しているようだ。見ているこちらも力が入るが、それでもテンションをかけず、粘り強く作業を続ける。50メートルと長いこのルートを、途中、手をシェイクして休ませながら、初見フリーで登りきった粘りと気力に拍手!

次はUさんがリード。Uさんのハーネスにスクリューを装着し、手袋を温め、あれこれと声をかけられるHさんを見ていると、微笑ましくて可笑しくて、やがて哀しき…

“相方”の二文字が雪とともに私の胸に降り積もる。

Uさんは颯爽とリードされ、時間も遅くなってきたことから、Hさんと私を同時に引き上げていただくことになった。私は右側のリードのライン、Hさんは難しい左側を登る。Kさんから、地獄谷のシェークスピアのハムレットよりも(フォローでは)易しいと聞いたのに勇気を得、またしても魔法の杖とスクリュー回収の免除というチョンポに助けられ、ヨタヨタながらも終了点に到着した。

西上州行きが決まった時は、一歩でも上がればそれでいいと思っていたのに、今は、リードで登れればもっとよかったと思う自分がいるのにびっくりする。なんとも不思議なものだ。そして呆れるほど身勝手だ…

荷物をまとめ、夕闇迫る登山道を駆け下りる。

こうして楽しい2日間が終った。

カルパッチョのお二人とKさんに心から感謝したい。

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2008年1月12日 (土)

大普賢

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年末年始は私に色々事情があり休みが2日間しか取れず、当初打ち上げていた頚城の某ルートの登攀の計画が流れてしまう(正直ホッ)。

その後紆余曲折があったが、結局久々に大峰の氷(と言っても大昔のアイスギアで)+スノーハイクに。

それも現場で車の調子がおかしくなり、大普賢の歩きだけになってしまった。

それでも結構しんどかった。車も体もオーバーホールが必要。

事情があって暫くは山に入れませんが、みなさん頑張って下さい。

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2007年12月13日 (木)

 海金剛へ

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またまた熊野へ。今回は池野がいつもお世話になっているクラックMLの御大H氏と、熟達のアルパインクライマーS氏に同行させて頂き盾ヶ崎の海金剛。この壁は20年以上も前に、今ではもう伝説みたいになった京都のO氏がすでに登っておられ、S氏もその折何度か同行されたとのこと。

12月8日 初めて見上げる海金剛は、高距はそれ程ではないが傾斜は強く、柱状節理があるもののクラックは閉じたものが多く厳しそうに見える。取り合えず足慣らしにと、対面にある小振りの壁を登ることにする。やはり節理が閉じており、ラインになりそうな所は遠目には3本。一番高距の有るのに取り付く。下から見た所では階段状で容易に見えたラインだが、登ってみると要所に核心が出てきて私には結構難しい。なめて掛かったのでカムの携行も少なく、最後の核心は利きづらいナッツで気持ちが悪かった。45mでブッシュのテラス。もう少しザイルを延ばしてブッシュ帯に入り終了。

結構時間が掛かり、海金剛に取り付くには中途半端な時間になってしまったので、偵察がてら岬の先端まで散歩する。海岸線はきれいな柱状節理だが、やはりクラックが閉じているものが多かった。日が傾いた頃、H氏のご指名で、H氏の登られたとても厳しそうなクラックラインのフォローに池野が取り付く。えらく苦労したらしく、降りてきたのは日もとっぷりと暮れた後だった。

9日 今日は海金剛の壁へ。H氏とS氏のラインは供に壁の右側、ブッシュも少ないきれいな部分に上部でクロスする形で引かれている。我々は、折角だから出来るだけオリジナル(かどうかは分からないが)なラインを取るべく、お二人のラインよりも左から取り付く。1P目・傾斜が緩く容易だが、ランニングの取れないフェースを直上。最後はブッシュ帯に入り、少し右にトラバースしビレー。2P目・直ぐ右横がS氏のラインなので、ナイフエッジから左上するコーナークラックを辿りブッシュテラスでビレー。3P目・ブッシュから浅く短いクラックを登ってブッシュのバンドでビレー。4P目・最上部の岩壁の下のブッシュ帯を右水平に大きくトラバース。トラバース途中上部壁に弱点を探すも、結構厳しそうで、結局H氏・S氏のラインのある大ピナクルの根元まで行ってしまう。立ち木の上に座ってビレー。目前にあるチムニーを、その付け根から取り付く。きれいなチムニーを登ると左のピナクルの頭へ。ここでH氏のラインと合流し、更にチムニーを登り右ピナクルの頭から壁に戻り、ブッシュに突っ込んで終了。ピナクルの頭からは岬の先端越しに太平洋が望め絶景だった。

 登り終えて壁の基部から登ったラインを眺めると、やたら逃げたラインでブッシュも多く、H氏・S氏のきれいなラインに比べると見劣りがした。それでも、自分の気ままにラインを引く行為にはいつもながらの快感があり、個人的には満足。因みにH氏・S氏はナチュプロのみでハーケンを携行されないとの事だったので、我々もお二人に敬意を表し持参しなかったが、登ってみると1本のハーケンも勿論ボルトも見かけなかった(他のラインでビレー点には有ったそうだが)。20年以上も前にナチュプロ中心でこの壁を登られたO氏らのレベルの高さが偲ばれる。岩登り(開拓)はこうありたい。

 H氏S氏は、海金剛の無名ルートとむつみ山(?)のインプレッション(?)というルートを登られたそうだが、私には想像し難いグレードのクラックルートだったみたいだ。

ともあれ、Hさん、Sさん、ありがとう御座いました。

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2007年12月 8日 (土)

4年振りの石ヤ塔

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12月1~2日は、M氏主催の登攀技術研究会のメンバーの皆さんを案内し、4年振りに石ヤ塔に行ってきた。

これは、ずっと以前から話のあったものの諸事情で延び延びになっていたもの。
総勢12人で、ルーデンス以外は皆所属クラブが違う混成パーティだったが、ベテラン揃いなので万事スムースにいった。
 私はYさん・Tさんをご案内して、ノーマルと扉を開けてを繋いだルートへ。
 扉を開けて6P目のボルトの所、前はフリーでも行けそうに感じたはずなのに、今回は シュリンゲのA1でも遠く感じられた。
15年前の開拓の折、このボルトを打ったのは私のはずなのに、今見ると立ち込んで打てる傾斜 でもなく、フックを掛ける所も見当たらない。無論ラッペルボルトなど打たないし・・・。やはり開拓当時の方が、登攀能力やドリリングの能力、全てにおいて充実していたのだろう。

KさんP・NさんPの登攀の概要はお二人のブログに詳しく有るのでそちらへ。

http://nyami-nyami.cocolog-nifty.com/gokunyami/2007/12/index.html

Kさん

http://blog.livedoor.jp/sumirerere3476/archives/51830584.html

Nさん

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2007年11月28日 (水)

赤倉 三ツ岩(赤倉の森に遊ぶ)

赤倉の森に遊ぶ(三ツ岩の探索と開拓)
赤倉の写真
赤倉の知人宅から赤倉川方面を望むと、山の斜面に端正な三角錐の岩が三つ並んでいるのが見える。これは地元では三ッ岩と呼ばれ、以前より『「誰も登ってないから、ロッククライミングで登ってみたら」と集落の人から言われているから登ったらどう』と知人に勧められ、 早速この三連休を利用して行って来た。

24日
地元猟師の親分、通称「ひげ」さんより大体のアプローチを教わる。猟師用語で尾根の事は「サク(柵?)」と言うらしい。あと、猟師さんの「人の道(獣道でない)」は、本ちゃんクライマーのそれと同じ認識な事が歩き始めて直ぐに分かった。若干うろついたが、1時間も掛からずに三ッ岩に到着。早速一番立派そうな中岩より、まずは探索開始。岩の末端部は脆いハングした壁を苔が覆っており、危険(脆くて)・ きつい(傾斜)・汚いの3K状態。左側壁は正面に比べるときれいなものの、クラック 等の弱点が皆無で、且出だしが被っているので取り付く島がない。仕方なく右側壁を偵察すべくブッシュを分け斜面を登ると、岩が見えなくなってしまう。おかしく思い 少しトラバースすると、そこが正に頂上だった。ヨセミテの「ロストアロー」みたいな 独立した尖峰を期待していたのにガッカリ(スケールは全然違うが、遠目には形がそっくり)。これだと多分過去に人がここまで来ているだろし、仮に誰も来てなくとも「ヒマラヤの3千m初登頂」と同じで全然面白味がない。気を取り直し右岩を窺うが、これも中岩と同じ様な構成で、岩自体の大きさは中岩より小さい。中岩同様裏から回り込むと数mの簡単な登りで頂上へ。残る左岩の頂上は敢て覗かず、明日に期待し取り合えず下山する。

25日
今日は昨日の反省もあり、「岩峰の末端より取り付き、頂上まで」に作戦変更。この左岩の末端の正面壁はやはり苔が多く汚いのは相変わらずだが、幸いな事に先の2つと違い、ハングしておらず取り付き易かった。
1P目・階段状の容易なフェースを登り、細い木が2本の小レッジへ。ビレー点の潅木
は根が張っておらずグラグラ。ボルトを埋めたい所だが、そのまま釣瓶でトップを交代。
2P・5m程登り、ボルトを1本埋める。ここからは傾斜も立つ。更に岩は脆くて苔がのっている。唯一見つけたリスもハーケンを打つと上の岩が崩れそうで使えなく、ボルトを打つと岩ごと引き落とされそうで打てず、仕方なく岩に生えた根の張らない潅木にランニングを取り、なんとか登りきりブッシュへ。ブッシュを少し登ってテラスでビレー。

3P目・目前には苔一つ付かず、堅牢そうできれいなカンテが出てきた。所が登ってみるとカンテは10m程で傾斜を落とし、更に10m程登ると頂上だった・・。やはりこの頂上も裏の山の斜面と繋がっており、独立した峰ではなかった。

この登攀では消化不良だし時間も有るので、再度中岩を、今度は末端から登るべく取り付きへ。末端壁は幾ら見ても登れそうにないが、一番右端の苔に覆われた部分だと何とかなりそう。「わざわざこんな所を」と思うが、池野が是非にというのでビレーに回る。少し登ってボルトを1本埋め、ホールドになる所の分厚い苔を剥がし始めるが、剥がした後はホールドやリスは無くただ脆い岩が出てくるだけの模様。見切り発車でフリーで突っ込もうとするのを止めさせ、降りるように言う。登る先にカムやハーケンを利かせる、或は立ちこみやフッキングでボルトが打てる事が読めないまま登るのは余りに強引。まあ、自分が行く時にはそういった場面も時にあるんだけど。

もう時間も無くなってきたので、末端部を右壁の方からエスケープして上部のカンテを登る。このカンテは、左岩と同様に下部とは打って変わってきれいで良い岩質となる。クラックは皆無の岩なので、ボルトと岩の皺用に小さなオフセットエイリアンだけ持って登り始めるが、どちらも使う事無かった。簡単だがとても快適なカンテを約40mで中岩頂上へ。

頂上から眺めると、やはりこの中岩の左側壁は岩質も良く岩も大きいが、グラウンドアップで登るにはクラックなどの弱点が無い上に被っているので、我々の力では無理だろうと感じる。かと言ってボルトラダーやラッペルボルトを打って登る趣味は無いので、この三ッ岩での遊びはこれまでとする。思っていたような岩でなく、また登攀では無かったが、やはり未知の岩を触る事は楽しい。それなりに満ち足りた思いで、早くなった日没を追いかけるようにして家路に着く。

なお、登りに行かれる酔狂な方も折られないと思うが、左岩のラインはお世話になった赤倉のIさんのお店の名を取り「ちゃや」、中岩の上部カンテはアプローチを教えて頂いた猟師の「ヒゲ」さんの名を取り「ヒゲカンテ」としたい。

追補

グラウンドアップの言葉について、「グラウンドアップはフリークライミングでの開拓方をさすものであるから、フックやハーケン(ハンドプレスなんかで)に体重を掛けて打ったボルトで作ったルートはグラウンドアップとは呼ばない」と言われる方も居られるようだが、私は個人的には、上記の様な手法は「グラウンドアップ」と呼んで良い様に思う。もっと言えば、長いマルチルートの一部のブランクセクションに人工が入っても、下から登ったものは同様に「グラウンドアップ」で良いと考える。まあ、言葉の定義づけなどどうでも良いと言えばどうでも良いものだが。自分の信ずる、或は好きなスタイルで登ることが肝要。

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2007年11月 8日 (木)

久々の熊野

久々の熊野の写真 http://ludens.air-nifty.com/photos/kumano/

この週末(11月3~4日)は天気を読み損ね、またもやゲレンデ。

結構なランナウトながら、登り込んでる時は駆け上がったスラブも、久々に登ると結構緊張。

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夜は大丹クラの麓で住んでおられる、伊集院さんご夫妻のお宅にお世話になる。

アマゴや自家製無農薬野菜の手料理を出して頂き感激。

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宴も終わりかけの頃、海外遡行同人の重鎮清水さん・道上さんが巨大松茸を持ってやって来られ(前日の夜下

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北山の某天場で偶然お会いしてた)、宴会を仕切り直し。

結局、前夜同様に日が変わるまで飲んでいた。

尤も清水さん・道上さんはその後も外のテラスで飲み続けておられたらしい・・・脱帽。

清水さん・道上さん、松茸ご馳走様です。

伊集院さん、色々本当にお世話になりました。

余談になるが、この伊集院邸は熊野に通ってた頃、赤倉の集落を通る度、姐さんと「ここは桃源郷やなあ、安い貸家でもあればなあ」と話してて、偶然見つけたもの。

今は伊集院さんご夫妻が大幅に手を入れられ、芸術的?古民家?に変身。

昼間は喫茶をされてて、コーヒー(水が良いので美味い)とジビエ(野生動物)カレーを出されてるので、熊野にクライミングに行かれる方は是非!

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