ガビンに行ってきました
<山域> 黒部別山
<ルート> 大タテガビン 南東壁スラブ状ルンゼ
<登攀日> 2007年10月6日
<メンバー> 菅 修三/池野 明子
<写真> http://ludens.air-nifty.com/photos/gavin
<記録> 池野明子
2007年脆壁シリーズPART1はGWのフトンビシ。PART2の西上州は空振り。
そしてPART3はいよいよ・・・ガビンだ!
今回は正面壁じゃないから大丈夫という菅の言葉に安心して、朝はのんびり。
観光客で溢れかえった始発を乗り過ごして次のトロリーバスでダムへ到着。
なぁに、故岡田昇氏の記述では、アプローチ1時間・クライミング1時間ちょい下降1時間とあるから、余裕、余裕・・・
駅を出て早々、無駄話を始めた矢先、鉄のくいに足をひっかけ派手に転倒。
手首足首とも異常なし、やれやれと思ったものの、左手親指の付け根近くがプックリ腫れて、丸山の天場に着いた頃には右手の倍くらいのサイズになっていた。
これではトップは無理かもしれないから、アプローチシューズのままフォローしようと、クライミングシューズ抜きの軽量化作戦でいくことに。
菅にしても、Ⅲ+ならば同ルートをクライミングダウンも可能なはずだし、ガイドテニーで登る、と言っている。
テント設営後、内蔵助谷を渡って南東壁沢の出合からアプローチ開始。
F1は今では階段状になっていて容易に登れるので、その後も沢通しで登って行く。
ところがその後に出てくる滝が見た目以上に悪くて、トップの菅が登ったり降りたり。
フォローでもマジで落ちるかと緊張。
ここは早めに巻いて右岸のスラブ帯を登るのが正解。
1時間と書いてあったのを大幅にオーバーしてイタドリバンドに到着。
正面壁基部の大洞穴を見学し、そそくさとスラブ状ルンゼに向けてトラバースする。
到着したスラブ状ルンゼは明るく開け、傾斜も緩く、これはアプローチよりも簡単そうでイタダキと、二人でニッコリしたのだが・・・
1P目は簡単なのでノーザイルで登る。
2P目からザイルを出して、菅がトップで開始。
出だしの凹状のF1(Ⅲ+)が意外と悪く、左から巻いて緩いスラブを登り洞穴下へ。
3P目、せっかくだからリードする気になって登り始めるが、記述そのままに、「洞穴下からの脆いフェース」はやはり脆い。大体、ここの岩はサイコロ状に岩が欠けるのだ。
岩の隙間にエイリアンをセットしようとして、泥を掻き出しているうちに岩までポロポロ取れてしまい、クラックが広がってセット出来ずガックリ。
びびりながら時間を喰ってビレイ点へ。ここには状態は良くないけれど残置ハーケンが3本あった。
4P目は2mの垂壁を「A0で強引に越す」とあるが嫌なので、左の濡れて滑るフェースをブッシュを頼りに登り、藪を抜けてもう1ピッチ延ばす。
ここから下ってルンゼに戻り、ザイルを解く。
後は稜線までノーザイルで緩いルンゼを上がるだけなのだが、ザレて浮石は溜まっているし、なんとなく悪い。
どんどん高度を上げてきているのに、一歩足を滑らしたら岩が欠けたらと思うと、かなり気持ち悪い。
コルに辿り着く前に、左から迫ってきたブッシュ帯へ突っ込み、傾斜の強い藪漕ぎをして稜線へ出た。
これから、「南尾根のコルから踏み後を辿ってP6支稜~末端ルンゼを下降する」という支稜を見つけなければならないのだが、稜線の藪を漕いでいるうちに日暮れも近くなり、目の前に見えている丸山側へ下るか、まだはっきり特定できない支稜を探すか、そろそろ決断を迫られる時間になってきた。
幸いにして100mロープで登っていたので、適当な所から樹林帯を懸垂して内蔵助谷へ下りることにした。
このロープは素晴しい。これのお陰で回収は順調、数ピッチでほぼクライミングダウンできる傾斜となり、今日はテントで寝られそうだ…との安堵を覚える。
ルンゼ状の所を100mいっぱいのクライミングダウンを続け、内蔵助谷に着いて、最後の渡渉も無事こなす。
これで終りと思ったのだが、内蔵助谷に付いた道がなぜか見つからず、また藪漕ぎをして登り降りしながら、ようやく道に出て天場に帰り着くと、朝はなかったテントが二張り。
すっかり寝静まっているので河原へ下りて、カップラーメンと缶ビール1本で、今日一日の無事を祝った。
スラブ状ルンゼは、どこが悪くてどこが核心と言うわけではないし、実際アンザイレンしたのは数ピッチに過ぎずグレードも低いが、その前後やアプローチ・下降も含め総合的な視点からいうと、数字では表せない難しさがあった。
日本登山大系を読むと僅か5行足らずの記述しかないが、これが南東壁で一番易しいルートというなら、十数行を費やしたルートとは一体、何。
それが明らかになるのは来シーズン以降・・・ってことでいいですよね?
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